【1】
いつも「ごうん、ごうん」と音をたてて動いている大きな風車。
その風車のあるたてものが、ハートフルファームの発明家・ストーブさんが作った、新しいチーズ工場です。
その工場で、どうやってチーズがつくられているか、 みなさんは知っていますか?
原料は、まず、新鮮なミルクです。ハートフルファームのきれいな草と水で育ったウシさんやヤギさんのお乳に塩をいれて、ゆっくりと混ぜあわせます。それを、何日もかけてお鍋でじっくりと熟成させ、そして、完成ぎりぎりまで近づいたところで、だいじな最後の「かくし味」を加えて仕上げるのです。
……その「かくし味」は何かって?
それは、ハートフルファームの「風」です。
たっぷり時間をかけて熟成したチーズは、風車の力で空高く運ばれていき、ハートフルファーム独特の、みずみずしくてやさしい「風」をいっぱい吸い込みます。この「風あて」をすることで、ハートフルファームのチーズは、香りがやさしくてまろやかな、たべたら誰でもしあわせな気分になる、世界一おいしいチーズになるのです。
エマさんは、そのチーズ工場で毎日チーズを作ってはたらいています。
エマさんは、まるでハートフルファームのチーズみたいに、いつもやさしくまろやかにほほえんでいて、まわりにいるみんなをしあわせにしてくれます。
「ああ、今日もいい風が吹いているわ!」
ごうん、ごうん、と回っている風車の前で、エマさんは気持ちよさそうにほほえみました。
【2】
けれど、そんなエマさんにもちょっとした悩みがありました。
それは、いたずらネズミの「ピープ」のことです。
ピープは、いつもこっそり工場にしのびこんでは、「風あて」をしたばかりの、できたてのチーズをひと口、つまみ食いしてしまうのでした。
「ああ、おいしい!やっぱりこの工場の、できたてのチーズは世界一だなあ!」
チーズ工場で検品係をしているネコのフォンデュさんは、そんなピープのいたずらに、いつもぴりぴり。
「こらっ!ピープ!またつまみ食いしているね!」
「いけね、みつかっちゃった!にげろ!」
「まてぇっ!今度こんなことしたら、スキップさんに“たいほ”してもらうからね!」
「へへーんだ!」
フォンデュさんはカンカンになって追いかけるのですが、ピープはとてもすばしっこいので、いつも逃げられてしまいます。
「ピープはよっぽどここのチーズが好きなのね…」
つぶやくエマさんに、フォンデュさんはぷりぷりおこりながら言いました。
「またエマさんはそんなのんびりしたことを言って!あんないたずらこぞうは、きちんととっちめてやらないとダメですよ!」
【3】
そんなある日のこと。
今日もチーズをつまみ食いしようと工場にやってきたピープは、ふと、あることを思いつきました。
「ちょっと待てよ。「風あて」の終わった後のチーズがあれだけ美味しいんだ。風車に乗せられて「風あて」をしている最中のチーズだったら、もっと新鮮で、もっともっと美味しいのかもしれないぞ?」
そう考えたらピープは、大きな風車の上でチーズを食べてみたくて、たまらなくなってしまいました。
「よし、今日はいっちょ、工場が終わるのを待って、あの風車に登ってやるか!」
日が暮れてきて、フォンデュさんたちが工場から帰るのを見届けると、ピープは工場に忍び込みました。そして、大きな風車をよじ登り、とうとう一番高いところにあるチーズまでたどり着きました。すると、夕方のそよ風がチーズのふんわりとした香りを運んできて……
「うーん!思った通り、最高にうまそうな匂いだ!いただきまーす!……あっ!!!」
なんと、ピープは、風車の一番高いところで足をすべらせてしまったのです!
【4】
間一髪のところ、しっぽがゴンドラに引っかかり、ピープはかろうじて落っこちないですみました。けれど、大きな風車のてっぺんにさかさまにぶらさがったまま、何とか風車にしがみついている状態です。これじゃあ、登ることも降りることもできそうにありません。
「ど、どうしよう?こんな高いところから落っこちたら大けがじゃすまないぞ?!」
ビープはさけびました。
「おおーい!だれかー! だれかいないのかー?」
でも、もうみんな帰ってしまっているということは、ピープだって知っています。それにここは風車のてっぺん。小さなネズミの声なんて、風に流されてだれにも届くわけがありません。
「おおーい!だれかー!だれかたすけてくれ───!」
ピープは、あらんかぎりの声をふりしぼって助けを求めました。目からは涙がぼろぼろ、ぽろぽろ、こぼれ落ちていきます。
──と、その時です。
「ピープ?そこにいるのはピープなの?」
風車の下から声が聞こえました。
そこに立っていたのは、エマさんでした。
【5】
エマさんは、ピープをおろしてあげました。
「ど、どうして、ぼくがいるのがわかったの……?」
まだちょっと目に涙を浮かべながら、ピープは聞きました。
「だって、こんなにいい天気なのに、急に空から水が落ちてくるんですもの」
そう言って、エマさんは笑いました。そう、ピープの涙が、ちょうどエマさんのおでこに落ちたのです。ピープは、ほっと息をつきました。でも、同時に、別の不安が胸にうかびます。
「ぼ、ぼく、やっぱり“たいほ”されちゃうの……?」
するとエマさんは、また、やさしくまろやかにほほえんで、
「だいじょうぶよ。はい、どうぞ」
と、チーズをひとかけら、さしだしました。
「え……ど、ど、ど、どうして?ぼくに?」
「だって、みんな知ってるわ?あなたが、この工場のチーズを、世界で一番大好きだってこと!」
それを聞いてピープは、はずかしくって、カッコ悪くって、顔が真っ赤になりました。そして、
「ぼぼぼぼぼ、ぼくは、チーズが好きなんじゃなくって、つ、つまみ食いが好きなんだい!」
それだけ言い残すと、もらったチーズを持って、いちもくさんに走っていってしまいました。
【6】
「まったくもう!エマさんは甘いんだから!あんないたずらこぞう、とっちめてやればよかったんですよ!」
次の日、話をきいたフォンデュさんは、またぷりぷりおこっていました。
「そうねえ、でも本当はそんなに悪い子じゃないと思うんだけど……」
そう言いながらエマさんが窓の外を見ると、小さなカゴがおいてあるのが目に入りました。
「あら?なにかしら?」
見ると、カゴの中には小さな白い花がいっぱいと、一枚の、ちいさく折りたたまれた紙が入っていました。そしてその紙には、ただひとこと
「チーズ、ごちそうさまでした」
とだけ、書かれていました。
「あらカワイイお花!だれからです?」
近寄ってきたフォンデュさんに、エマさんは言いました。
「きっと、この工場のチーズの、世界で一番の大ファンからよ!」
そして、いつものやさしくてまろやかな笑顔で、気持ちよさそうにほほえみました。
ハートフルファームは今日もいい天気。
さわやかな風に、今日も風車は、ごうん、ごうん、と音を立てて回り続けています。
おしまい
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